黒魔術部の彼等 キーン編3


先日、キーンから驚くことをされてしまったけれど部活には顔を出す。
どんな顔をすればいいかわからなかったが、部室は居心地が良い。
部室にはまだ誰もおらず、ぼんやりとしていると扉が開いた。
「おや、ソウマさん早いのですね。嬉しい限りです」
「あー・・・ここは、空気がいい気がするから」
いつも不穏な雰囲気が漂っているのに、おかしなことを言ってしまう。

「それはよかった。そうだ、これを見てください!」
キーンは興奮気味に背中の方へ手をやると、銀色に輝く鎌を振りかざした。
「死神の鎌、ずっと欲しかったんです。特注品ですよ、ふふふ」
「へえ・・・そうなんだ」
なぜだか、生返事しかできない。

「この鎌は物理的に切ることはできませんが、相手の魂のみを刈り取ることができるのです。
例えば、あの蝋燭を切ってみましょうか」
キーンが鎌を振るい、悪魔召喚のときに使う蝋燭を切る。
真っ二つになったと思う太刀筋だったが、蝋燭はどこも切れ目が入っていない。
「蝋燭を、持ってみてください」
蝋燭を掴んだ瞬間、溶けて柔らかくなったかのようにぼろぼろに崩れる。
かけらを摘まむこともできず、本当に魂が抜けたようだった。


「魂が宿っているのは動物だけではありません。この鎌は無機物の命も奪うことができるのです」
「そ、そっか、結構、怖い鎌なんだ」
刃に触れれば、何もかも滅んでしまう。
もっと震え上がってもいいものだけれど、それよりも
キーンは、昨日のことをさして気にしていないのだろうかということが気にかかっていた。
いつも悪魔を呼び出したり、箒で空を飛ぼうとしたり、変なことは今に始まったことじゃない。
けれど、昨日の出来事もそんなおかしい行為の中に含めていいものか判別しかねていた。

キーンが鎌を背に戻し、近づいてくる。
思わず後ずさってしまうと、キーンはくすりと笑った。
「もしかして、意識してくださっているのですか?」
ああ、そうなんだと自覚して目を伏せる。
受け答えがぎこちないのも、後ずさってしまうのも、それだからだ。
怯えているわけではない、昨日のことを思い出すと羞恥心が募ってどうすればいいかわからなくなる。

「ソウマさん、今夜空いてますか?」
「え?あー、予定はないけど」
「ベランダへ迎えに行きますね」
きょとんとして呆けていると、ディアルが部室に入ってきたので話は終わった。




夜、ベランダに立ってぼんやりと星を眺める。
今日は半月が綺麗で、ほどほどの光が空を照らしていた。
そこへ、一つの影が飛んでくる。
ベランダの端に寄って場所を空けると、キーンが着地した。
「こんばんはソウマさん、さっそく行きましょうか」
「行くって、どこへ」
言葉の途中で、キーンに身体を横抱きにされる。
あまりにも手早い動作に反応できず、空へ飛び上がっていた。

「ふふ、大人しくしていてくださいね」
ちら、と下を見ると抵抗する気をなくす。
やんわりとキーンの首に腕を回すと、速度が上がった。
細腕のどこに人一人抱える力があるのか、キーンは平然と飛んでいる。
余裕の表情を見ても、空を飛ぶのは緊張して
自然と、キーンに寄り添ってしまっていた。


ほどなくして、キーンの居城へ降りる。
大きな窓から中へ入ると、自動で電気が点いた。
ここが一番高い所だろうか、天井が三角の屋根の形になっている。
「どうぞこちらへ。そこの、色が違う床の上に立ってください」
言われるままに、色が黒ではなく赤くなっている床の上で立ち止まる。
不吉な色は、この床が抜け落ちて地獄へ直行するのではないかと思わせた。

キーンが隣に来ると、足元で振動がし始める。
「危ないので、掴まっていてくださいね 」
一気に落ちるのかと、キーンの腕を掴んで身構える。
同時に、床が物凄い風圧で押し出され急上昇していた。
天井が開き、床はまだ上昇して行く。
やがて、風圧がなくなり落ち着いたとき、目の前には夜闇の風景が開けていた。

「今日は、月へ星が上る日なんですよ」
闇夜の景色に、言葉を失う。
木々はさわさわと揺れ、広大な森へ吸い込まれてしまいそうになる。
星は遠くの空まで続き、まるで山への道しるべのようだ。
そして、星の川が月へと続き、とても幻想的だった。

「綺麗だ・・・」
静寂と、美しさに心が安らぐ。
空に近いこの場所は、まるで二人だけの空間のようだ。
景色に見とれていると、キーンの手がさりげなく肩を抱く。
振り解くことはなく、引き寄せられるとそのまま身を寄せていた。
まるで少女マンガのようなシチュエーションだけれど、嫌な気分じゃなかった。


「ソウマさん、今夜は泊まっていきませんか?」
「えっ・・・」
「ご両親が許しませんかね」
「両親は滅多に帰ってこないから・・・。・・・うん、泊まっていく」
自分でも驚くほど、すんなりと了承する。
キーンの方を向くと、掌がするりと頬を撫でた。
どきりとして、ここが高所だということも忘れて反射的に後ろへ下がると、ぐらりと体が傾いた。

まずい、と危機感を覚えた瞬間、とっさに腕を掴まれ引き寄せられる。
反動をそのままにキーンの腕の中に納まり、抱き留められていた。
瞬間、心音が大きく鳴る。
落ちかけたからか、優しく抱かれているからか。
判別はつかないけれど、しばらく、そのままでいたかった。
「そろそろ、戻りましょうか」
返事をする前に、抱きとめられたまま床が下り始めていった。




その後、食事ができるまでキーンの自室で待つ。
キングサイズの大きすぎるベッド、怪しげな実験器具、図書館にはなさそうな不可思議な本。
ディアルの部屋とは違い物が溢れていて、本をぱらぱらとめくって暇をつぶした。
内容はよくわからないが使い込まれていて、えげつないイラストが描かれているものもある。
そんな趣味があっても、それがキーンなのだから嫌悪することはなかった。

「ソウマさん、お待たせしました」
「うん、すぐ行く」
本を閉じ、キーンの元へ行く。
通されたリビングには縦長に長すぎるテーブルがあり、まるで貴族の食事部屋のようだった。
肉の焼けたいい匂いがし、テーブルの端の席に座る。
墨汁をかけたような食事、ではなく、サラダやスープ、メインの肉料理が揃っていて、まるで高級料理店のようだ。

「凄い、作れるのは怪しげな薬だけじゃないんだ」
「ふふ、どうぞ召し上がってください」
キーンの料理は見栄えも香りも良くて、味も格別だった。
作る、ということに関して秀でているのか、プロ顔負けの料理で
どんどん食欲がわいてきて、気付けば完食していた。


「美味しかった・・・キーンは何でもできるんだ」
「何でも、なんて買いかぶりすぎですよ。
今は一人の人の心を留めることに必死なのですから」
キーンはさらりと口説き文句を言い、嫌味なく微笑む。
死神の姿をしていなければ、そこらの女性なんて簡単に射止められるだろう。
「どうせなら、ゆっくりお風呂にでも浸かってきてくださいな」
「あ・・・うん、ありがとう」

風呂場に案内され、キーンは出て行く。
その風呂場は明らかに一人用ではなく、旅館の大衆浴場並の広さだった。
広々としていて豪華だけれど、庶民にとっては落ち着かない。
簡単に体を洗って、入浴もそこそこに浴室を出ると、きちんと着替えが用意してある。
サイズがぴったりなことが、ありがたくもあり怖くも感じた。
浴室を出ると、待ち構えていたようにキーンが姿を表す。


「リラックスできましたか?」
「うーん、広すぎてあんまり。凄い資産家なんだ」
「遺産が多いものでね。明日は休日ですが、早めに寝てしまいましょうか。
遅くなると、いろんなものがさまよいますから」
背筋が寒くなり、早々にキーンの部屋へ行く。
ベッドへ誘導され、黙って寝転がった。
ふかふかの布団は、体を優しく包み込む。
心地よくてうっとりとしているさなか、キーンが隣へ入り腕が触れた。

「・・・ベッド広いし、近づきすぎなくてもいいんじゃ」
「私は広い城内にいつも一人で・・・たまには人肌恋しくなるときもあるんです。駄目ですか?」
ここまで世話になっておいて、離れろとは言えなかった。
じっと天井を見上げていると、ふいに掌が頬を撫でる。
ちら、と横を見るとキーンは楽しそうに目を細めていた。




とうとう、新月の日が来た。
部室の空気は、いつも以上に淀んでいる。
部屋の中央には複雑な魔法陣、周囲には青白い炎の蝋燭。
見慣れた光景だが、今日は特別な緊張感があった。

「ソウマさん、今日はお願いします。
私たちは中へ入れませんので、身の危険を感じたらすぐに出てくださいね」
「悪魔の言葉は魔力を持つ、気をつけろ」
「うん、心の準備はできてる」
キーンが、魔法陣に大量の黒い粉を撒く。
そして、不可思議な呪文を唱えると、すぐに粉が渦巻き始めた。

「召喚されよ、悪魔■▲?●●!」
キーンが聞き取れない名前を呼んだ瞬間、ブラックホールのような底の見えない穴が開く。
そこから出てきたものは、まりもではなくヤギの顔をした筋肉隆々の悪魔らしい悪魔だった。
穴が狭いのか、上半身しか出ていないが
腕を組み、こちらを見据えている白い眼は十分なプレッシャーを与えていた。
魔法陣へ足を踏み入れると、空気がとても重たく感じられる。

『人よ、我に何用だ』
脳に直接、重低音が響く。
視線に負けず、一歩近づいた。
「どうしても教えてほしいことがあって呼びました」
『我の言葉が理解できるか。稀な人間よ、問いを申してみよ』
空気が淀みすぎて、呼吸をするたびに肺が侵される気がする。

「後ろの2人は、背から翼が生えたり、蛇竜が生えるんだ。
この現象が何なのか、教えてください」
ディアルが蛇竜を、キーンが翼を広げる。
空気は、ますます淀んだようだ。

『二人?三人の間違いであろう』
悪魔が腕を伸ばし、指先が胸の中心に触れる。
その瞬間、心臓が爆発するかと思うくらいに強く鳴った。
鼓動が背に伝わり、強い衝撃が何かを押し出そうとする。

「な、に・・・」
悪魔の指が離れても、動悸が収まらない。
どうにもできず立ち尽くしていると、鼓動の衝撃が、背から出た感覚がした。
瞬間、黒い八本の足が飛び出す。
それは、まるで蜘蛛のように細い足で、見た瞬間瞳孔が開いた。


『お前の形は蜘蛛か、禍々しいことだ』
「これ・・・この、足、一体・・・」
言葉がうまく文章にならない。
そうだ、悪魔の声が聴ける人間が、普通のはずはなかったのだ。
『その力を育てれば、お前達は悪魔になることができる。特に、お前には才があるようだ』
指を差され、蜘蛛の足が身を守るように体を包んだ。

『魔界へ来ればすぐに覚醒するだろう。我と共に来るか』
悪魔に誘われて、素直について行く馬鹿なんてどこにいるだろう。
けれど、言葉の一言一句を無視することができない。
『人の世界で、その力は疎まれる。だが、我々の世界でなら歓迎されるだろう』
簡単な誘惑の言葉が、とても魅力的なものに感じられてしまう。
魔界でなら、自分でもキーンやディアルのように一目置かれる優等生になれるのだろうか。
未知の世界への好奇心が先行する。

『今はまだ力を隠せているが、開花する可能性は大いにある。
そのとき、人はお前のことを仲間だと認識するだろうか』
力が突然解放され、白い目で見られるイメージが思い浮かぶ。
自分でも禍々しいと思っているのだ、受け入れられる可能性なんてわずかだ。
「魔界なら、受け入れられる・・・」
『そうだ、お前が一歩を踏み出せば』
「ソウマさん!」
突然、悪魔の囁きが遮られる。

「魔界へ行ってはいけない、私の手の届かないところへ行かないでください!」
切実な声に驚き、振り返る。
「・・・僕らの霧は悪魔の力なんだ。知られたら、きっと、迫害される。人の世界には合わない」
「私がいます、私があなたの傍に居続ける。
あなたを白い目で見て、軽蔑する人全ての魂を刈り取ってみせます」
キーンから熱い言葉が出てきて、注視する。

「戻ってきて下さい。同じ力を持つ仲間を、あなたを守らないわけありません。それに・・・」
躊躇うように、言葉の間が空く。
「・・・私だけでなく、ディアルさんもいますから」
熱の入った声が、急激に冷める。
なぜ、そんな切ない声を出すのか。
キーンらしくない、そんな自信のない声を出さないでほしい。
足は、魔法陣の外へ進む。
そして、キーンの頬へ手を添えていた。

「キーン、そんな悲しそうな顔しないでくれ・・・。
僕もキーンの傍にいたいし、傍にいてほしいから・・・」
蝋燭が溶け切り、炎が消える。
魔法陣の効果はなくなり、悪魔は去っていた。

「ああ、ソウマさんありがとうございます。あなたのお蔭で不可思議な力の意味がわかりました。
けれど、真相を知ることができたことより、私は今かけられた言葉の方が嬉しい。私の愛しい人・・・」
強く、キーンの腕に抱きしめられる。
同じように腕を回すと、蜘蛛の足は相手を求めるようにその身を抱き込んでいた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
怪しい雰囲気での告白、ディアルはただ諦観しています。